2014年12月9日火曜日

凌霜杯(2) -次のステップに進むために-


凌霜に関する記事の続きです。
今回のモーションの意図のようなものに関して書きました。


【「そもそも論」を大切にしてほしい】

今回モーションを出すうえで意識したのは、明確な答えが無いような問題についてもう一度ゼロベースで自分で考える機会を提供するということです。

例えば、ヘイトスピーチは、free speechを規制するようなmotionで当たり前のようにアナロジーとして使われますが、そもそも日本とかアメリカはヘイトスピーチ法持たないです。
そもそもヘイトスピーチがなんで法律で規制されるべきなのか?とか、ヘイトスピーチと友達のことを「バカ!」と罵るのはどう違うのか?とか、Will Jonesのナチシンボルのスピーチ他のモーションで上手く活用できますか?とか(笑)

ジュリアンブランクのモーションだったら、そもそも国家が恣意的に入国拒否して良いのか?、何か客観的な基準は必要ないのか?、必要だとしたらどんな基準が日本にとって理想的なのか?

割といろいろな問いかけを含意したつもりです。


あと特に、1年生も結構参加していて、ちょうどディベートに慣れ始めた時期というのもあって、もう一度自分の頭でゼロから考えるということを意識してほしかったっていう意図もあります。



【日本人と"Principle"と”線引き合戦”】

もう少しspecificな問題意識として、日本人はアナロジー合戦に終始し過ぎだという印象を持っています。

いわゆる「フィロ」の議論をするとき(ここでは便宜的に”フィロ””プラクティカル”の二分論を前提とします)、線引きをしなければとあわててアナロジーを探し出すのですが、そもそもなんで線を引いているのか?、その線引き自体に妥当性がどの程度あるのか?、っていう部分に関してうまく説明できる人がとても少ない印象です。

Judge Briefingでも話しましたが、今回のジャッジテストのCGがたくさんアナロジーを出していた点や、また多くのジャッジテストを提出してくださった方がそこを過剰に評価していた点も、そういう問題の一面なのかなと思ってます。

原因としては、おそらう日本人がそもそもそのような議論が苦手である(?)ということ(http://www.huffingtonpost.jp/rootport/discuss_b_4917090.html)や、
日本のディベート界にに独特なフレームワークである"Tripple A"などの普及などによって、必要以上にアナロジーの側面が強調されていることなどが関係しているかもしれません。


例えば、ジュリアンブランクのモーションでGov.は他の国が入国拒否したり、中国が政治的信条で国が入国拒否している例などをアナロジーとして出していました。
そもそもそれらの例は基準として普遍化された時妥当なものなのでしょうか?
これは個人的な疑問なのですが、そもそも国民の一定数の署名で入国拒否できたり、政治的な信条で拒否出来るってすごく怖いもののような気がしました。
国内の多数派の考えに一致しない考えの持ち主は安易に拒否されうるし、その時の権力が気に入らない思想を持っていれば国から追い出せるという、国家権力を抑制するっていう観点から考えるとヤバそうだなと。
(もちろんそのアイディアを今回のモーションの否定につなげるという点では少し工夫が必要でしょうけど。。)


GFのTHW require international development aid budgets to be approved by popular referenda.のモーションに関して、「間接民主制を原則とする政治体制の中で、どういう時にレファレンダムという直接民主制に近い制度を導入するのか」という問いがかなり大事な論点になるわけですが、GFもかなり線引き合戦になっていた印象でした。

というのも、現状でEU加入や憲法改正の時にレファレンダムが行われているという「事実」から、それらしきレファレンダムの基準を取り出してきて、今回のinternational aid budgetがそれに当てはまるか否かというクラッシュになっていました。




これは感覚ベースの話で誤解だったらすみませんなのですが、フィロには必ずアナロジーが必要であるといった誤った認識が一定程度広まっている気がします。

しかし、基本的にフィロはその性質上アナロジーを必ずしも必要としません。

もちろん説得力を上げるためにアナロジーがあった方がベターであるという場面は多く存在しますが、それは普通のアー
ギュメントに関してexampleがあったほうが良い場面と、なくても問題がない状況があるのと同じことで、何もフィロに特別なことではありません。

アナロジーが常に必要なら、progressiveな政策をサポートしなければいけないGov.は100%勝てません。
クォータ制がとられていなかった時代にTHW introduce female quotaのディベートをするとGov.が勝てないということになってしまいます(笑)


例えば今回のGFのレファレンダムの基準に関して、Govは既存のexampleに頼って基準を設定しても、どうしてもinternational aid budgetっていうものをレファレンダムの基準の内部に落としこむのは難しかったかもしれません。

そうなったときに、そもそも民主主義っていうのが民意の反映っていうことを重視しているのに、現状レファレンダムがこんなに少ないのはなぜなのか?、もっとレファレンダムを採用して国民の意見をより反映させた方がDemocracyとしては良いのではないか?、っていう疑問が出れば、「民主主義」っていう第一原理から、理想的な民主主義像、そこから新しいレファレンダムのフレームワークを導出するということも可能であると思います。

難しいのは、全ての国家の意思決定をを国投票でやるということは効率性と実現可能性の観点から困難なので(だからベースは間接民主制)、じゃあどうやってpriorityをつけてレファレンダムを採用していくか、という部分に関して、説得力のあるフィロが必要になってくると思います。


ちなみに補足しておくと、スイスとかはレファレンダムをバンバンやっているので、一応exampleもあります(笑)
<参照>
http://www.swissinfo.ch/jpn/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E6%8A%95%E7%A5%A8%E6%89%80%E3%81%AB%E9%80%9A%E3%81%86%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E4%BA%BA/8235846



まとめますと、アナロジーを投げる前に、そのアナロジーは何をサポートしているのか、そのアナロジーの存在はモーションの肯定/否定において本当に重要なのか、常に批判的に考えることが大切です。

なので、フィロの議論をする際に、すぐアナロジー探したりTriple Aにはめ込もうとしないで、普通のアーギュメントと同じように、「主張、根拠、前提」ベースで考えていくと良いのではないかと思います。

現実世界で採用されている基準が必ずしも理想的なものであるとは限らないということ、必要であればそれを疑って、より理想に近いフィロを創造することを恐れないでほしいということです。

そこに「線引き合戦以上」の、フィロの議論の面白さがあると思います。

今回出したモーションがこういうことを再考するきっかけになれば幸いです。

でわでわ



0 件のコメント:

コメントを投稿